同病異治と異病同治 ― 証で決まる漢方の診療哲学

漢方医学のユニークな特徴のひとつに、同病異治(どうびょういち)異病同治(いびょうどうち) という診療原則があります。
これは病名そのものよりも、患者の体質や症状の全体像(=「証」)を重視する発想です。

現代医療では病名が確定すると標準治療がほぼ決まりますが、漢方では「同じ病名でも人によって治療方針が違う」「違う病名でも同じ治療になる」ことが珍しくありません。


1. 同病異治 ― 同じ病でも処方が違う

意味
同じ病名(例えば「頭痛」「胃炎」「花粉症」など)でも、患者の証が異なれば、使う処方が変わることを指します 。

例:同じ「頭痛」でも…

  • 冷えタイプ(寒証) → 当帰四逆加呉茱萸生姜湯
     → 冷えを温め、血流を促進。寒さで悪化する後頭部痛に有効。
  • 気滞タイプ(ストレス) → 柴胡疏肝散
     → 気の巡りを整え、緊張型頭痛やこめかみの痛みに。
  • 瘀血タイプ(血行不良) → 桂枝茯苓丸
     → 瘀血を改善し、慢性的で刺すような痛みに対応。

同じ「頭痛」でも、原因となる証を見極めて処方を選ぶことで、的確な効果を引き出します。


2. 異病同治 ― 違う病でも処方が同じ

意味
異なる病名でも、背景にある証が同じであれば、同じ処方を用いることを指します 。

例:脾気虚(消化吸収力の低下)の場合

  • 慢性胃炎
  • 慢性下痢
  • 食欲不振・疲労倦怠感

これらはいずれも脾気虚が原因となるため、六君子湯が選ばれることがあります。
つまり病名よりも、証という「体の状態像」に注目して治療を統一するのです。


3. 臨床でのメリット

  • オーダーメイド医療
     同じ病名でも体質や背景が違う患者に合わせて処方を選べる。
  • 未病対応
     病名がつかない段階でも、証に基づいて予防的に対応できる。
  • 多疾患同時対応
     異病同治によって、複数の疾患を一つの処方でケアできる場合がある。

4. 西洋医学との比較と融合

西洋医学では「診断名」→「標準治療」という流れが一般的です。
一方、漢方は診断名よりも証を重視するため、同病異治や異病同治が成立します。

近年は西洋医学でも個別化医療(プレシジョン・メディシン)の重要性が高まっており、漢方の柔軟な発想はこれと相性が良いと考えられています。


5. 実践ポイント

  • 同病異治では「どの証か」を見極めるために、舌診・脈診・問診を丁寧に行う。
  • 異病同治では、複数症状の共通証を探すのがコツ。
  • 西洋医学との併用時は、処方の役割分担を明確にする。

まとめ

  • 同病異治:同じ病名でも証が違えば処方が変わる。
  • 異病同治:異なる病名でも証が同じなら処方は同じ。
  • 漢方は病名だけでなく、その人の「全体像」を診て治療を組み立てる。

この柔軟な診療原則は、現代の個別化医療にも通じる重要な知恵です。


参考

  • 『最新・漢方実用全書』池田書店
  • 『基本がわかる 漢方医学講義』日本漢方医学教育協議会
  • 『東洋医学概論』オリエンス研究会編著
  • 『東洋医学一般』
  • 『東洋医学入門』